京都傘製造の老舗
日吉屋

 

 和傘は千年以上の歴史を持ちながら、その発生から現在まで全くカタチが変わることなく続いてきたのではなく、実際はその時代に合わせて形状も、用途も多様に変化して発展してきました。 江戸時代には現在の製作方法が完成し、分業制の発達や太平の世の中で、町民に装いや芸能を楽しむ余裕も生まれ、「お洒落な」「格好良い」「便利な」商品として和傘は大いに普及しました。 しかし、戦後の高度経済成長と生活様式の劇的な変化は和傘業界にも深刻な影響を与え、過去数十年の間に洋傘が爆発的に普及する中で、最盛期は年間 1700万本も生産されていた和傘は激減し、いつしか普段使いの「番傘」から、番傘という名の「伝統工芸品」として扱われるようになり、現在では全国でも 僅かに十数軒程が細々と続けているにだけとなってしまいました。 日々和傘製作を続ける中で自問するうちに、このような考えに至り、霧が晴れるようでした。 「伝統は革新の連続」・・・考えてみれば当たり前の事で、1000年前から全く姿を変えずに存続している物の方が希少であり、ほとんどの商品や文化、食品から生活習慣に至るまで、その発生時から今日まで常に変化し続けてきた物事の方が一般的なのです。 和傘職人にしか出来ない、伝統と歴史の中で培ってきた価値を今に活かせるカタチは何なのか? 定番の一品として多くのお客様に親しまれる、京和傘の日吉屋にしか出来ない新しい和傘のカタチ・・・を目指して日々製作しています。

      日吉屋五代目 西堀耕太郎 さん

 

 和歌山に生まれ、結婚を機に京和傘「日吉屋」に入り、2004年に五代目に就任した西堀耕太郎さん。伝統的な和傘の継承だけでなく、和傘の技術、構造を活 かした照明器具などの新商品を開発し、国内だけでなく海外14ヶ国に商品展開をされています。さらに商品開発や販路開拓を支援する「T.C.I研究所」を 設立し、販路開拓コーディネーターとしても活動されています。